積極的待機。

40代の団塊Jr世代が新宿のオフィスからお伝えします。
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Above image is from 2014 Victoria’s Secret Fashion Show .

2015年02月


こちら読みました。
いろんな見方で見解が変わるので
あえて一労働者の視点で
この人の主張に基づいて、これを語るとすると
サー残強いられて、本業に支障来してる訳だから
問題だわな。
よく読んだら、ボランティアなんだね。
顧問の先生JOBって。
これ先生の業務外なんだったら、活動中の事故の
管理監督者って誰になるの?
それでいて校内施設を自由に生徒が使ってるわけでしょ。
安全管理上の責任はないのかね。
死に至るような事があっても、業務上過失致死の疑いに
当たらない流れ?顧問の先生って。
要はたまたま居合わせただけ。という位置付けでしょ。
業務上の義務じゃないんだから。
そういう体裁で活動運営させてる部活動って大丈夫なの?
細かいけど、俺が最初に気になったのはそこ。
安心安全(管理)が担保されてないじゃない?と。

--上記記事抜粋--
〜日本の競技力を支えてきた。
学校生活の一番の思い出に部活を挙げる子どもたちは多い。
自ら車を運転して遠征に出かけたり、生徒を自宅に
住まわせたりして成果を出してきた「熱血先生」の献身と
情熱には頭が下がる。
--
こういう実態・背景や実績があるのもわかるよ。
俺もその恩恵を受けた一人だったし。(笑
でも、これはその競技経験があるエキスパートの
先生だったり、それ生き甲斐にしてるジャンルの
先生の話だからね。
全部を一緒にしたらダメでしょ。
だいたい、競技者育成を先生の厚意に乗っかって
推進するもんでもないだろうし。

各自治体の体育協会はもっとまじめに選手の指導育成に

まじめに取り組むべきかと。

東京都は五輪目指して
枠組み的には、地域にこれに近いものがあると
いいんだけどね。
素人のセンセイに担当だけ押し付けるのは
いい結果を生まないよ、絶対。無理。

あと、公務員の先生って楽でいいよな。っていう
意見もあるけど。
昔は教師はマルチで取り組んで生徒を育成するのが
当たり前だったんだろうけど、今や昔だろ。
今は対応事項は少なくないと推察する。
あと、大事な俺の意見として
授業運営と学級運営は両軸は分けるべきなんじゃ?
担当別にしたほうがうまくいくと思うんだよね。
部活動も教師の担当じゃなくて、別に配置したほうが
いいよ。雇用創出に繋がる。

引退や卒業したプロ野球選手やサッカー選手が全国には

たくさんいますよ。

ましてや、体育会卒の競技経験者なんて山ほどいるよ。
仕事ありますよ、ここに。(いや、ほんと)
そして、質も高い。
生徒も結果残せてハッピー。
文化系の部活だってありますよ。
音大出た方々って基本お仕事ないのが基本なんで
どうですか?吹奏楽部や合唱部の先生?

人材活用したら
こんな先生の悩みなんて瞬殺で解決されると思うよ。
かわいそうじゃん(生徒も)能力の限界でしょ。

病院では医者と看護師と病院事務する人は
ちゃんといるわけで
同じ先生と言われる職業ももっと進んで変化する
べきだというのが、ワタクシの考え。

 


昨年秋からちらほら新聞に載り始めていたようだが

きのうの日経記事を読んだ。

道徳の授業が教科になる事が検討されている件。

※産経の社説記事※

道徳の教科化「問われるのは指導力」と産読

朝毎東は「価値観の押しつけ」

例の大津小のいじめによる自殺が端緒のようだ。

早くても平成30年度からだから、まだ少し先の様子。

基本的には結構なんじゃないかと思います。

これやるなら同時に専任教諭も置いたほうがいいと思うね。

何をやるかより、誰がやるのかが大事な気がする。

今の小学校ってスクールカウンセラーってのが置かれて

るんじゃなかったっけ。

確か、院卒で臨床心理士か医師免許持ってるのが条件。

これ置くより、費用対効果あると思うよ。

道徳の授業の方が。

今も昔も教師もいろいろだから、

同じ話しても刺さる先生も居れば、伝わらない先生も

いるので専任化がいいんじゃないのかな。

もしくは講習や一定の条件をパスした教師は授業を

行えるようにする。など、算数や理科と同じにしたら

いけないと思うんだよね。

文科省は武田鉄矢あたりに特命講師にして

この事案の普及と促進に当たらせたらいいんじゃない。

いい授業するよ、きっと。


こういうの見ると新渡戸稲造の武士道を思いだす。

現代日本人に掛けているのは

心に絶対外せない価値基準がない(あいまい)こと

だと思う。

以前は家族や地域、宗教がなんかがそれを教えてくれて

大人になっていく、もしくは成長していくんだけど

それがどこか欠落している部分があるので

問題に直面した時、全部飛び越えて

【死】や【殺害】を選んでしまうってこともあるのか?ないのか?

そこに至る詳細な心のプロセスはわからないけど

今や親も先生も

この価値基準(ルール)はあいまいでしょ。

道徳の教科化は、昇格うんぬんより

どう指導していくのかが、問われる部分だと感じるね。
 
 


まぁ彼女の言う事ももっともな視点だよね。

自ら覚悟を持って出た人間への行動リスクと

国家元首元夫人という国外での経験則からの視点

純日本人的な道徳観が後半あるのが

この人らしい言い分。

デヴィ夫人

大それたことをした 湯川さんと 後藤記者

まぁスノボや雪山登山で遭難する人たちへの
対応に共通するけど、遭難や誘拐されたら
行政や国は、ほっとけないからね。
いつも自己責任論が出るけど。
御嶽山の時と一緒でなぜ火山へ登ったんだ。という
意見は出ないでしょ。
在外案件とはいえ、国際協調しながら
政府は対応できることをやったと評価するしかない。
ヨルダン政府も事情があって、日本政府の要望を丸呑み
することはできない状況だった様子。
自国のパイロットが捉えられていても。

常に背景は様々で正否の判断は難しい。
後藤さんジャーナリストとしての功績を
評価したい方は広めてあげたらいいかと思います。

意図せず殺害された御二方の冥福を祈ります。

 

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